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■公共の福祉と『道徳』
最近、テレビや新聞で聞くことが少なくなった言葉に「公共の福祉」があります。
昔は「道徳」と並んでよく聞かれた言葉で、人がお互いに譲り合い、支え合い、尊重し合うことで『調和の取れた』社会を営んでいこうという観点だったと思います。
しかし、今は「個人の権利」や「個人の意見」が公然と声高に叫ばれ、恥も外聞も無く主張する人が増えてきた感じがします。
否、昔からそういう人はいたのでしょうけど、社会のルールや規範がより優先されていたということでしょう。
欧米化の誘導による「個人」の尊重と優先は、人として自由よりも社会の不調和を生み出している感じがします。
権利意識だけが優先されて、「社会の一員である」という概念がなおざりになっています。
何も正憲は「公共の福祉」が崇高な理念だと言っているわけではありません。
「公共の福祉」は「個人の権利」とぶつかるところが多々あります。
社会をうまくまわしていくために、個人に我慢してもらうところがでてくるわけです。
そのバランスを取る難しさがありますが、社会の範囲が大きくなればなるほど仕方ないことです。
そうでなければ、価値観の合う場所を探すしかありません。
リベラルが増えるほど、社会はおかしな方向になっていく。
今のヨーロッパがまさにそうです。
リベラル政権やリベラル一辺倒のマスゴミは報じませんが、欧州の道徳危機は深刻なものです。
保守を語るリベラル政党自由民主党と偏向政党公明党が支配する日本の未来は暗い。
ネットでは隣国の民度云々が嘲笑の対象になったりしますが、最近の日本の大都市も他所を言えたものではありません。
それはマスゴミを通して地方にも伝播しています。
コロナCOVID-19よりもタチの悪い伝染病と言えます。
日本人が再び『道徳心』を取り戻して、世界がどうのより、自分たちの社会と心の質を高めていく気概を持てるようになることを切に願っています。
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