◆教育隣組をご存知か?

皆さんは『教育隣組』という組織をご存知ですか?

正憲が幼い頃、住んでいた地域のメイン通り(生活道路なのでほぼ住人だけが通る)を挟んだ狭い地域に、今でいう子供会をメインとした組織がありました。
その当時は「隣組」と言っていましたが、正式な名称は「教育隣組」だそうです。
地域の名前を冠して、「寄宮○○通り隣組」などと呼ばれていました。
昭和30年代~60年代初めぐらいまではあったと思います。

子供会がメインでしたが、地域の通り周辺の茂みなどでの草刈りや通り清掃、街灯管理などもありましたので、小さな自治会ですね。
隣組主催のピクニックやビーチパーティー、盆踊り大会、夏休みなどは朝のラジオ体操、勉強道具支給などが定期的にありました。
また、近隣の隣組が複数集まって、隣組対抗の運動会が小学校のグランドを借りて行われていました。

日本史を勉強すると、昭和初め頃の歴史に「隣組」という言葉が出てきます。

《 “隣組”ってなんですか? ~助けられたり助けたり~ – 昭和館 》

日本史教育で出てくる「隣組」は民間防衛組織や配給組織、自警団といったような要素を含んだものだったようです。
隣人監視にも用いられていたようなので、意味合い的にはあまり良いものではなかったようです。
沖縄でも戦中戦前には「隣組」が組織されていたそうです。
どのような活動を行っていたかは祖父母から聞くことはできませんでした。

「隣組」が政治的行政的な要素が強い中で、子どもに関連したことを主とした組織の増成も考えられていました。

《 国民学校の母へ贈る教育隣組 - 国立国会図書館デジタルコレクション 》

上の書籍には戦前にすでに「教育隣組」という言葉が見つかります。
この書籍は戦前のものなので、子どもの「純粋な」情操教育を目指したものというより、立派な皇民になるための学徒教育への地域の関わりについて述べたものです。
古い本ですし、方向性は優良な皇民化のためなのですべてに納得はできませんが、情操教育の方向性、個人主義への疑問、地域と教育の関わりなど、現在でも参考になる記載が多くありました。

沖縄でも戦中戦前に「教育隣組」の思想が入ってきていたかは分かりません。

戦後の子どもと地域の教育について書かれた論文があります(⬆)。
この論文では、戦後~復帰後の沖縄の「教育隣組」設置について書かれています。
戦中戦前の「隣組」とは明らかに異なり、戦前の皇民化のための「教育隣組」の在り方とも違います。
いわゆる「子供会」としての「教育隣組」が始まった歴史です。

戦後、基地環境の影響などで子どもの交通禍、暴行被害、非行化などが問題視される中、集落単位で結成が進んだ「教育隣組」について分析される。「教育隣組」とは、母親や婦人会が中心となって「学事奨励会」の競争主義的で非民主的性格を批判的にのりこえた中で結成された、子どもの健全育成、学力保障、標準語励行、娯楽趣味提供のための地域組織である。

書評 嘉納英明著『沖縄の子どもと地域の教育力』 埼玉大学等非常勤 森本扶

沖縄県内でもすべての地域にあったわけではないようで、正憲が住んでいた那覇市内東部には知られています。
那覇市西部の人たちは「何それ?」と言っていました。
旧具志川市や宜野座村、名護市などには「教育隣組」が小村毎、字毎に設置されたそうです。
皆さんの地域では如何でしたか❓

那覇市は行政の方針変更などで、「教育隣組」から「自治会」への移行が進んだ時期がありました。
公民館は「字公民館」から主たるものが「区域公民館」に変わっていきました。
「字公民館」は字活動や隣組活動の場になっていたところです。
運営の仕方が変わっていったために、「教育隣組」は役目を終え、「地域自治会」や「字自治会」にバトンタッチしたわけです。

エイサーの時期になりますと、自治会や青年会、子ども会、婦人会などの活動が活発になります。
むか~し昔の記憶として、そういった活動をしていた『教育隣組』をふと思い出してしまいます。
地域を単位とした人の関わりが継続しているのはとても良いことです。
でも、近年の那覇市はそれがだいぶ薄れてきました。

《 新サービスに取り組む隣組 リッチモンド、コキットラム、サレーにも手を伸ばして 》

バンクーバーなどの海外に渡った日系人らにより、地元では「隣組」が今でも継続されているそうです。
もちろん、戦中戦前のような民間防衛組織や配給組織、自警団、隣人監視などではなく、地域コミュニティの中心的役割として機能させているようです。
●在宅シニアのサポート、●社会的・身体的・栄養面のサポート、●介助付き施設への入居を減らす、遅らせること、●生活の質の向上、●社会とのつながりを感じてもらえるようにすること、等といった高齢者の孤立化や社会参加を促すことが目的になっているようです。
「教育隣組」ではなく「介護隣組」と言えそうなものですね。

「教育隣組」も「いわゆる介護隣組」も、子どもや年寄り、その家族が近隣と結びつきながら、健全に生活していくことを目標としている点でとても評価できるものだと思います。
現代の日本は「悪い形での」個人主義が進んでしまい、他人を思いやる心が荒み、自分の好き勝手をする人が増えました。
道徳的に正しくない人が増えてきたわけですよ。
人が互いに支えあうという形が再び出来上がることはあるのでしょうか?

取り留めのない内容になってしまいましたが、「教育隣組」を知っていますか? 活動したことがありますか? という内容の日記でした🙇

正憲
■閑話・徒然

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